Home

今日のメモ

2015/10/08

私たちは、霊性の道を歩む大勢の人々 - たいていは「ニューエイジ」という言葉で総称されている人々 - が、多様性よりも一体性を重視するという時代 に生きています。そうしたことは確かに立派な霊性のゴールではありますが、そのようなゴールは、私たちの分離した世界の「事実」を否定することにもなって しまいます。その「事実」とは、私たちはみなそれぞれに異なっていて、それゆえに、異なった霊性の道が必要だということです。このことが受け入れられては じめて、異なった道は異なっている、ということが明確になります。これは一つのレベルにおいては非常に明らかなことですが、しばしば、「見せかけの一体性 を目指すために差異というものを暖昧にする必要」によって、部い隠されています。こうしたことは、一つひとつの霊性の道に対して、正しい扱い方をしていな いということになります。イエスがヘレン個人に対して、また『奇跡講座』自体の中で、常に明般に述べていたのは、彼の講座は他の道とはいかに違っているか ということです。これは、必ずしも彼の講座の方が優れているということではなく、それがユニークなものだということを意味しています。

赦しのカリキュラム(p.240)より引用

広告

今日のメモ

2015/10/01

しばしば、「見せかけの一体性を目指すために差異というものを暖昧にする必要」によって、覆い隠されています。

赦しのカリキュラム(p.240)より引用